Our Philosophy

 芸術

 

「芸術」は無条件です。

無条件に「いきいき」とするものです。

命が開く方へ、創るのです。

 

芸術には自分を縛り付けるものがありません。

社会の規範、規律、道徳による束縛は一切ありません。

自身を縛るものは自身しかいないのです。

 

自らの内側から絞り出して創造したものに

脚色はなく、真理を示します。

 

それが芸術です。

 呼応

 

芸術」、ないしその過程における「創造」が意味するものは「呼応」です。

 

自身の中から、感情や事象、決断や意識を

「反応」・「アウトプット」として引き出すこと

言い換えられるでしょう。

 

その分だけ、自身の中から新しい何かが引き出され

その度に私達は新しく生まれ変わります。

 

芸術に知見のない、経験のない、生身の人間が芸術に触れ

おそろしい、たのしい、うれしい、かなしい

と「何か」を感じること。

それは、その芸術に「呼応」して自身から新しさを引き出している証拠です。


たとえ見栄えが悪くとも、創造しましょう。
たとえやり方が分からなくとも、生み出しましょう。

 

それはあなたの世界を広げ、心を豊かにし、新しくします。


 

 私達は、私達にしか、私達として

機械が為すものに怯えるのではありません。

機械にできないことをやらなければならないというわけでもありません。

人間が、人間として欲するものを追い求めるのです。

 

この先、そう遠くない未来に、技術の発展によって多くの仕事は失われます。

 

人生における生きがいややりがい、家族、お金、友人、多くの物を失う人達もいます。

そんな時代に、私たちはどう生きるのでしょうか。

 

答えは「変わらず無目的に根源的な欲求を追い求める。」ことでしょう。

 

感情によって左右され、コミュニケーションを重んじ

あたらしいものに魅力を感じ、古いものに哀愁を感じ

規則と規律にがんじがらめになり、何かを破壊し、盲目的に何かを信じ

でも少しずつ前へ進もうとして、無目的な人生を生きていきます。

 

それが人間です。

 

だからこそ、人間が根源的に根本的に欲する欲求、生きていくために必要な生活の基本に芸術を取り入れ

豊かな精神を保つことが、我々が一歩前へ進むために必要なのです。

 

私達にしか私達としてできないことをしましょう。

 

 


 歴史の成り立ち

 

感性や感覚、また規則や規律、道徳といったものは

時代の流れの中で全く正反対を向くことがあります。

今や、とてつもないスピードでその事象が繰り返されています。

 

それは、今私達が感じているものが、この時代における全てでありながら

もはや過去であるということに他なりません。

 

それらを分解し、再構築し、そしてあたらしく創造することこそが

次の歴史を創るということそのものであり、その営みこそが歴史を創ってきたのです。

 

その営みに、愚直に、真摯に、激しく向き合うこと

これが現代の安寧の中で自我と創造性を失った私達が一歩前へと進む方法なのです。

 

 相反する二物

 

芸術と資本主義

この二者の関係は切っても切り離すことができません。

今の現代社会には資本主義という概念があり

およそ全ての物事を、これを基準に考えるようになっています。

しかしながら、概念や道徳に縛られることは、内側からの想像を阻害します。

それらを絶妙なバランスで保ちながら、闘わせ、乗り越えるのです。

一見相反するそれらの二物を追い求めねばなりません。

 

「芸術家が生活を創り、世界を創る」ことを実現するには

芸術を資本主義と共に成り立たせることもまた必要になるのです。

 実践する

 

芸術を「実践」することはとても大切です。

 

衣食住、並びに誰もが持つ生活の基本に

五感を刺激するような知性と感性、人生を映し出した芸術を差し向けることで、実践するのです。

 

今の現代人の生活を、もう一歩豊かにします。

 

生活の中の小さな実践は、世界の大きなうねりを。

 

人生を。

世界を。
拓く。
創る。

 

皆が失ったものが取り戻され、精神の高みへと導かれます。


 

 生活の向上とは

 

人生において、「生活を向上させる」ことは、幸福を手に入れるための手段と言えるでしょう。

しかしながら、単に物を得るだけでは生活を向上させることはできません。

向上とは「深い精神的な満足」を得ることです。

息をつくほどうっとりしながらも僅かな高揚感と感動が胸を打ち

途端に世界が明るくなるような体験を私たちは生活を向上させることと考えます。
 

生活の基本に芸術を取り入れ、深い精神的な満足を得ることが、生活を向上させるということです。

 生きるために

 

そこには強いこだわりがなければなりません。
思いやりがなければなりません。
美しさがなければなりません。
彩りがなければなりません。
古めかしさがなければなりません。
新しさがなければなりません。
儚さがなければなりません。

 

そこには芸術がなければなりません。

まるで初めから存在していたかのように。

 

 気遣いとは

 

あなたがあなたを気遣えば、あなたの人生はもっと向上します。

気遣いとは自らに近い距離から始めねばなりません。
距離というのは、精神的な距離と物理的な距離の両方です。

 

日々口にする食事や、調理器具。
纏う衣服や腰を掛ける椅子。
日々見つめる壁。
日々生活する家。

日々の習慣や休日。
そして人生をともにする友人と家族。

 

自らに近い小さなところから強いこだわりを持ち
少しづつ気遣っていくことで、あなたはぐっと幸せを感じるはずです。

 

自分のために、そっと人のために。
 

 


 否定と挑戦

 

自身を否定し、精神の高みへ。

芸術による、人生への挑戦。

強くたくましく美しく生きようとする、人生への挑戦。


 

 対話と追求

「本物」を追求することはとても難しく、勇気のいることです。

この世には、裏表や善悪、普段は見えざるものがとても多く

「本物」を追求することで全てを失うことだってあるからです。

 

複雑に絡み合い、モノが溢れたこの時代で、心を豊かにするために本当に必要なものはなにか。

本当の価値は何なのか。

 

二者の相反する関係性を否定し、闘わせ、対話させることが大切なのです。

 

 - 芸術におけるデザインの均衡

 

「自然」と「デザイン」は相対するものです。

 

デザインを追求すれば、不自然となり

自然を追求すればデザインが失われる、といったように。

 

地球上で、自然と人間が互いに与え合い共存を目指さねばならないように

私たちが日常に手にするモノにも、その絶妙なバランスが求められています。

 

そこには私たちの叡智と演出不可能な偶然性が存在し、やがては芸術へと昇華します。

 

 苦しみとその先

 

私たちの心はもう、既に閉ざされています。

私たちはもう、既に、自我を、選択を、失っています。

 

最後に心を表現したのはいつでしょうか。

最後に自らの決断によって創造を行ったのはいつでしょうか。

 

今まさに苦しみの渦中にいる私たちに残された選択肢は、「創る」ということ。

その先にしか、道は拓けません。

 

 

 芸術と社会

 

芸術には社会との深い関わりがあります。

 

芸術、ないし創造という行為は、若さと老いに関わらず

自分自身の意識を、決断を、感情を、感性を自分の内外へと広く深くはじけさせる行為です。

 

それは必然的に周囲へと影響を与え、そして再び呼応が生まれます。

その呼応は広がり、やがてはコミュニティとなります。

 

すると自発的に新たな芸術が始まり、また新たなコミュニティが形成されます。

 

全ての起点になるのは「創る」という行為、芸術そのものなのです。

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